演舞場発 東寄席 第十六回

演舞場発 東寄席 第十六回 2016年7月27日

本日は『第16回 落語と日本酒と江戸野菜を楽しむ会 in 新橋演舞場』にお越しいただきまして、誠にありがとうございます。ここ新橋演舞場地下食堂『東寄席』に二度目のご出演、二十八人抜きで真打ちに昇進してからは、今後の落語会を担う『古典落語の本格派』として評判の古今亭文菊師匠をお迎えし、その持ち味を他の寄席では考えられない近距離で体感いただきました。
『第16回 落語と日本酒と江戸野菜を楽しむ会 in 新橋演舞場』古今亭文菊師匠

「湘南ビール」と「天青」

今回の日本酒を楽しむ会は初夏らしく地ビールと日本酒を楽しんで頂きたく、「湘南ビール」と「天青」で有名な茅ヶ崎の熊澤酒造・杜氏の五十嵐様にお越しいただきました。また、今回は江戸時代、江戸各地で取れた旬な野菜を有機無農薬で野菜を栽培されているTYファームさんにもご参加いただき、朝採れの野菜を楽しんで頂く企画も追加いたしました。それでは今宵の新橋演舞場、一流の芸と味をふたたびご堪能ください。

古今亭文菊師匠

”自由が丘出身”は封印?

かつて文菊師匠がまだ真打ちに昇進のころ、プレスリリースには「自由が丘出身の古今亭菊六改め文菊さんが真打ち昇進」と”自由が丘出身”のフレーズが蔓延りました。”学習院大学を卒業”、”古今亭圓菊師匠に入門されたご経歴”など。これだけ知ると、いわば師匠には所帯じみたものの感じない”エリートお坊ちゃま”のような質感を感じてしまいますが、興味深いのは、師匠のエリート感は「体質的に落語家」へ見事傾倒してらしていること!安定した江戸前の江戸っ子言葉が肌に馴染んでいます。圓菊師匠に憧れて入門されたその努力たるや、落語言葉は客席の耳に馴染みやすい上に、古典落語も肩が凝らない庶民の娯楽。江戸言葉が板につき、身振り手振りもしなやかですっとこの客席に馴染む。
あまりエリートと言い過ぎると伝わりませんので断りを入れますが、これがまたどれもこれも客席を吹かせるツボをつく大爆笑!しゃなりしゃなりと登壇だけで、会場を沸かす。さすがの師匠も「まだわたし何も言ってませんけど」と突込みます。
え?自由が丘?今やきっとそう聞き返したくなるほど、どこからどう見ても下町江戸っ子落語家は、今や今後の落語会を担う本格派です。

柳家小多けさんが開口一番

本日の落語演目

開口一番

柳家小里ん師匠に弟子入りして、2014年に前座となった柳家小多けさんが今宵の開口一番を飾ります。今年一月、八千代の大和田落語会に出演で会場を盛り上げた『垂乳根(たらちね)』です。シックなグレーの着物をまとい、一見、朴訥とした印象の小多けさんですが、そのテンションはエンジンがかかり始めるとお手の物。

この演目、長いこと独り身だったはっつぁんが、大家の紹介で、器量も良し、お家柄も良い妻を迎えたら、なんとも異常なほどに丁寧すぎるな言い回しをする妻だったといった噺。根っから江戸っ子のはっつぁんと、妻のお教じみたセリフの掛け合いがおもしろい。

妻の名を尋ねれば「自ラコトの姓名ハ、父ハ元京都(きゃうと)ノ産ニシテ、姓は安藤(あんだう)、名はけいぞう・・・・」と、長ったらしい上に古典口調。父母の出身から、母親の体内から出たときの呼び名まで語られては、はっつぁんもついには呼び名がわからず、復唱してみるが、ついには般若心経のようにお教読みで、仕上げに「チーン」鈴の振り。会場は思わず大爆笑です。

もとは上方落語が江戸に移植したとされるこの落語と、今宵の江戸の会。実にふさわしいお噺です。会場中は、大笑い。見事開口一番をつとめあげました!

一席目、緑青色の羽織を纏って登場の文菊師匠

一席目

緑青色の羽織を纏って、しゃなりしゃなりと文菊師匠が登壇すれば、なぜだかもう会場が笑い出す。枕の前から無言にして沸かせる、さすがのつかみです。
枕では「最近の旬な話題といえば、」と世界も騒ぐあの”ポケモンGO”の話題。沸騰するあのゲームに世間は「道々歩きながら、危ない」だとか、「子どもっぽい」など言われることもあるけれど、子どもから大人まで道々出現するモンスターに静かに奮闘する様はここ最近ではどこを歩いてもよく目にするもの。
文菊師匠も左手をスマホ、右手の人差し指をスワイプするように見立てて「こうやってモンスターにボールをあてて集めるんですよね」なんて振りをして見せ、てっきり師匠も楽しんでらしているのかと思いきや、実はいまだガラパゴス・ケータイを新調して使っている師匠。全くの未経験者とはおもえません!
「ゲームの中だけでこんな風に(人差し指をスワイプさせながら)投げてないで、現実の世界にもう少し飛び出して行ってほしいですね。寄席とかね。アタシたちなんて、おひねり投げられたらいくらでもついていきますよ」なんて客席の心を掴んで離しません。枕も一興、大爆笑です。

一席目は『鰻の幇間(うなぎのたいこ)』の古典落語

そんな流れの一席目は『鰻の幇間(うなぎのたいこ)』の古典落語。お座敷や酒の席などの遊興の場で顧客を喜ばせて祝儀をもらう”たいこ持ち”のお噺です。なんでも、この”たいこ持ち”には見番の置き屋に属するたいこ持ちなども居るそうですが、今回のお噺は置き屋に属せず、自らの人脈でご祝儀などをもらって食い扶持を稼ぐ「野だいこ」のお噺。
こっちに向かって気前よくやってくる見ず知らずの男を、会ったことのある顧客と思い込んで、たいこ叩いて良い心地にさせて、昼飯に旨い鰻をおごってもらおうと試みる野だいこが、まんまと騙されるという間抜け落ち。
あれほど上客と信じきっていたから、鰻も香の物も、お酒に至るまで全て「不味い!」のを我慢して世辞を言ったのに、すっかり騙されたと知ったたいこ持ち。
支払う覚悟を決めたあと、重箱の隅をつつくように鰻屋に説教をする場面など、客席からはもう笑いが止まりません。そして、それでもかとたたみかける間抜け落ち。
ちょうどもうすぐ土用の鰻の頃。鰻屋を探すとき、噛みきれない鰻を食べて苦い顔をしてる師匠とこの落語を思い出して再び笑ってしまいそうです。

二席目、文菊師匠

二席目

一席目の吹き飛ばす面白さと、美味しい酒と美味しい料理。すっかり会場が良い心地で盛り上がると、二席目はこちらも少し酔いのまわった『棒鱈』の落語。
お座敷で壁を隔てた隣の部屋の田舎侍のズーズー弁と呆れた江戸芸者のヨイショが漏れ聞こえてくる噺は、こんな酔い心地の会場にはぴったりはまります。
ひょうきんな師匠の芸者のセリフも面白い。それにしても隣のズーズー弁の男の方言訛りはなんなのでしょう!気持ちよさそうに「いちがちは〜、まつかざり〜♪」と歌い出せばもう客席はそんな田舎侍の唄に、手拍子も!高座から会場まで大宴会です。
ドタバタ騒動の末は大げんかに胡椒(=故障)が入って、陽気な会場は拍手拍手に包まれました!

その後のテーブルに並んだ胡椒の効いたビーフステーキは、狙い通りでしょうか?お後もよろしいようで。

本日のお料理

本日のお料理

先付けには、熊澤酒造イチオシの湘南ビールが、すすむ逸品!塩味の効いたイカゲソの唐揚げです。
お弁当には夏を感じる色とりどりの夏野菜が盛り込まれて目にも鮮やか!またこの夏の暑さが心地よく和らぐよう、蓮根や秋刀魚と、梅をつかった品々を。築地に近い地の向付には福子の洗いに烏賊の糸作りをご用意いたしました。
利き酒会が始まる頃には、この会にはめずらしいビーフステーキを。潮の香る湘南の地で育った天青のお酒は、こういうビーフにもとても良く合います。
利き酒会の終盤には”梅ちりめんじゃこ”のかかったごはんを。留椀には早松茸と焼霜鱚といった旬の食材を。水菓子は冷やし白玉しるこをお楽しみいただきました。

夏の江戸東京野菜を楽しむ

「江戸東京野菜」というのをご存知でしょうか。
東京周辺で伝統的に生産されていた在来品種のいわば、”江戸野菜”のことですが、調べるところによると”江戸東京野菜”や”東京伝統野菜”とも呼ばれているようです。
そもそもの江戸の地域というのは耕作地がほとんどないために開発が難しいことや、大きくて形の良いものばかりが多く消費されるため流通にも馴染まないため非常に作るのが困難とされてきました。そのために品種の中には消滅しつつあるものもあったほどです。
そんな折、JA東京中央会平成23年に「江戸」の呼び名を「江戸東京」することでより広い地域で生産が可能になりました。都民に地産地消の野菜が届けられるようになったというわけです。

TYファーム代表の太田さん(左)と野菜コンシェルジュの島田さん(右)

いまや、京野菜・加賀野菜につぐ形で東京のブランド野菜として注目を集めているのがこの”江戸東京野菜”というわけです。
固定種であるために収穫量も少なく栽培に手間がかかるこの野菜ですが「肥料を使わずに・本当に安心できるものを都心近郊で育てよう」と立ち上がったのがこのTYファームさんです。東京都品川の寺田倉庫から農業ユニットとして生まれた彼らは20代から30代前半の若手のメンバー。ブランディング力のある彼らだからこそ、その野菜を広く守り伝えられるのを感じさせます。
TYファーム代表の太田さんからは、東京で育った新鮮で美味しい無農薬野菜をぜひ味わってほしいと、”寺島なす”を提供していただきました。野菜コンシェルジュの島田さんからは寺島なすが、江戸時代から寺島村(東京都墨田区の西部)で作られていたからついた由来であることや、固定種のため減少しつつあったこの野菜が茨城から種を見つけて栽培できた流れを説明いただきました。

寺島茄子のお料理

卵のように小さいながらも肉質があってやわらかいこの寺島なす。会場では、焼いても揚げてもおいしいなすの美味しさを今宵は 肉辛味味噌掛けの揚げ茄子と、おろししょうがを添えた焼きなすの二種類でお楽しみいただきました。
「昔から親の小言と茄子の花は千にひとつの無駄がないといいますが、古くから愛されている証ですね」と寺島茄子への愛情を伝えていただきました。
会場はこうして食卓に並べられたその貴重な茄子の大切さと、茄子の旨味を感じながら、幸せに頬張るひとときを過ごしました。

夏を楽しむ湘南の日本酒

今宵、望月商店の望月さんからご紹介いただいたお酒は、夏にぴったり神奈川県茅ヶ崎は湘南に蔵元のある熊澤酒造さんのお酒です。明治5年に創業以来、安心で安全な手作りの美味しさを守り地域に根ざした「ものづくり」に取り組んでこられたという熊澤酒造さん。今日は熊澤酒造は杜氏の五十嵐さんにお越しいただきました。

神奈川県茅ヶ崎は湘南に蔵元のある熊澤酒造さんのお酒4種

お酒は、無濾過、非加熱処理で酵母の生きたフレッシュビールと、澄み切った味わいの天青を。神奈川県は一番南にあるというこちらの酒造は、湘南に残された最後の蔵元として未だ老舗の看板を守り続けています。湘南は、茅ヶ崎や藤沢のさまざまなテイストのレストランでも愛されているこちらのお酒。丹精込めたその一口には、和食にかぎらず洋食など、どの料理にも合うバランスの良さを兼ね備えています。

湘南ビール アルト

東寄席のおなじみの方には珍しいビールの登場です。
近年では冷却技術が発達してからというもの、酵母を低温で発酵させて作るのが主流になってきましたが、古くは酵母をやや高めの温度で発酵させた、「上面発酵ビール」と呼ばれる方法で作っていました。イギリスでは今でもこの上面発酵の方法で作っているそうですが、醸造方法が『古い』ためにドイツ語の『アルト(古い)ビール』と呼ばれています。
爽やかなホップの苦味とモルトの香りが絶妙なバランスです。無濾過・非加熱処理で酵母が生きたピュアでフレッシュなビールなので、なんと製造日より冷蔵保存で60日という品質保持期間の短さ。つまり食卓に並ぶ湘南ビールは出来立てフレッシュな状態を楽しめます!
塩味のきいたイカゲソの唐揚げで冷えた美味しいビールに、ついついグラスが止まりません。今宵のラベルは”江ノ島バージョン”です。

湘南 吟醸酒

仲入りで並ぶ日本酒は「湘南」。 TYファームさんの美味しい寺島なすといただきます。 すっきり飲み口で、暑い夏でも爽やかにいただけるので呑みやすく、気持ちのよいひとときを作ります。爽やかな潮の香る湘南の町は夏の過ごし方を良く知っているようです。

風露天青 特別本醸

二席の落語が終わり、振る舞われたのはなんとも利き酒会のはじまりにぴったりなさわやかな一酒です。
この日、いまだ梅雨明けのしない曇り空に、すがすがしいほどの晴れやかな夏の光が指すような、さわやかさ。加えて、好適米は「五百万石」を60%まで磨いた特別本醸造です。吟醸造りによるすっきりとした辛口で贅沢な味わいです。

千峰天青 純米吟醸生(熊本9号)

通常の酵母に比べて、ほぼ二倍の香気成分が生成されると言われている熊本9号を使うことで、酸味を抑えて香りがたちます。酵母から工夫がほどこされたお酒です。山田錦の米を50%まで磨いた純米吟醸酒です。純米ならではの幅もあり軽やかな味わいも特徴です。まさに新橋の利き酒会の取りを飾るにふさわしい美味しさでした。

天青Tシャツ

最後の抽選会は、会場からどよめきや感嘆の声のあがる、大盛況!
熊澤酒造さんのお酒やきれいなブルーの生える”天青Tシャツ”!またTYファームさんの江戸東京野菜なども加わったこともあって、日頃ご贔屓に来場いただいている東寄席ファンのお客様にはこれまで以上のボリュームを感じていただけたことでしょう。
文菊師匠のサイン色紙や演舞場からはイベントチケットなど、会場は抽選の番号が上がるたびに喜びの声が広がり、見知らぬお客様同士も「良かったわね!!」とご自身のように喜ぶ様子!会場はだれもが笑顔の絶えない賑わいでした。

次回は8/27(土)落語と日本酒と江戸野菜を楽しむ会「三遊亭兼好師匠の独演会」です。どうぞ、お楽しみに!

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